ソラトリと双極性障害

双極性障害二型と診断されたソラトリの呟き。うつ病っぽい双極を持つソラトリが"ほぼ"うつ病のような症状について、日々思うことについて書き留めています。

言葉は刃物だ。

こんにちは、ソラトリです。

 

家にこもりすぎて外が暑いのか、それとも肌寒いのか。そういうこともわかりません。

今は家の外、雨が降っています。昔は、雨が降ってるなんて髪が決まらないし、傘もささなきゃいけないし.......と嫌なことばかりでした。

今はもう関係ないですね、ただ家にいるだけなんですから。

 

 

先ほどの記事で書いた通り私の双極性障害はほぼうつ病です。鬱!って感じで、人生に絶望して、自分の生きてる価値が分からず、いっそ死んでしまおう.......みたいな。

 

今とか、ね。

 

こうやって絶望してるとき、ふと思うことがあります。酷いことだなぁと我ながらに思いますが。

自然災 害なんかが起きてみんな不幸になってしまえばいい。

私だけこんな思いをするくらいなら、みんな不幸になって同じラインに並んでほしい。なんであの子だけ幸せそうなんだ。なんであの人ばかり.......って。

酷いですよね。

 

酷いです。

 

地球まるごとなくなってしまえばいいのに。とか。争いが起きてしまえばいいのに。とか。

書いててちょっとゾッとする、そんなことを頭に浮かべます。

 

 

よく、いますよね。病気になって余命わずかな人のことを盾にして、死にたいなんて思うなんていけないだろ、生きられない人達のこと考えたことないのか?とか。

遠い国の子供たちを盾にして、こうやって平和に生きられていることにどうして有難みを感じないのか? その子達の分まで生きるべきじゃないか?とか言う人。

 

自分に対して言われる分には慣れていたりします。あーまたはじまったか、って。

でも他人に、見知らぬ人でも、ツイッター上でもそういうことを言ってる人を見ると勝手にイラッとして、勝手に怒って、勝手に苦しくなります。

 

こういう言葉を投げかける人は、死にたい、と言う人間が軽々しくその言葉を口にしてるとでも思ってるんですかね?

もう限界まで頑張り続けてそして、そして、口から出る言葉だと気づいてないんですかね。知らないんですかね。

 

この世界の残酷なところは、そうやって"わからない"側の人間の方が幸せそうに生きていて、死にたい、なんて思わない人生を送る勝ち組な所でしょうか。

人が幸せかなんてほかの人には分からない理解できないといいますが、ね。

 

 

『言葉は刃物だ』

とはよく言ったものです。みんなが知っている言葉です。

 

でも、その"言葉"が、きえろ、ブス、しね、クズ.......とかわかりやすい言葉だけではないところを知ってる人はどれだけいるんでしょうか。

 

"がんばれ"

その一言が刃物に変わりうる人がいます。

 

 

がんばりたくても頑張れなくて、生きる希望を持ちたいけれど持てなくて、死にたいなんて思わない人生が欲しいけど手に入らなくて.......

 

そんな人も、今日を、この日を生きてるんですね。